巣箱がプロジェクトサイトに運び込まれて約1週間。全ての巣箱に蜂群を入れ終えたとの連絡が支援先(カウンターパート)である、ナデジダ(地元NGO)とタビルダラ郡障害者連盟から入った。早速、2007年6月13〜14日(1泊2日)の日程で現地の状況確認に向かった。
プロジェクトサイトであるラシュト郡とタビルダラ郡までは我々が事務所を構える首都ドゥシャンベから車でそれぞれ約5時間。ラシュト郡とタビルダラ郡の間は約4時間かかる。現在、中国の支援によって道路の改修工事が行われており、途中まではきれいな舗装道路になっている。しかし、ほとんどの部分はいまだに旧ソ連時代に舗装されたきりで、穴だらけだが補修はされていない。
蛇足だが、タジキスタンは旧ソ連の中でも国の周縁部(末端)であり、その中でもラシュト地域は辺境部である。中心都市のドゥシャンベ周辺だけでなく、ほとんど産業らしいものもない、このような地域にまで舗装道路を整備していたと言う事実を考えてみると、旧ソ連の力の大きさがうかがい知れる。
6月13日早朝7:00、爽やかな朝の空気の中、事務所を出発。今回同行するのはプロジェクトマネージャーのホルシェッドとドライバーのソルジョン。冬に行ったきりだった道を夏になって通ると、違った風景のような錯覚に陥った。冬には見かけることのなかった早朝からの畑仕事をする人々の姿が、何となく新鮮に映る。
最初こそ中国の支援で改修された道を快適に走っていたが、途中からは以前と同じ凸凹の道が始まった。穴を避けるため、車はアクセルとブレーキ、右に左にハンドルを切る繰り返しだ。ウトウトしていようものなら、頭を窓にぶつけて起きる羽目になることもしばしば^^;

<ラシュトへ続く道の途中>
私はタビルダラ郡に行くのは今回が初めてだ。ラシュト地域の他の郡よりも更に険しい山道になると聞いていたが、本当に切り立った崖の間を縫うような道が続いた。また、タビルダラ郡は内戦時に反政府軍の拠点にもなった所で激しい戦闘が繰り広げられた場所でもある。途中、戦車の残骸など、内戦時の傷跡を見ることが出来る。

<内戦時の残骸>
初めて訪れたタビルダラ郡は山に囲まれた風光明媚な場所だが、裏を返せば、平らな土地が少なく、それだけ耕作できる土地も限られ、農業以外に産業がないため(住民のほぼ全員が農業に従事している)、非常に厳しい生活環境にあると言う事だ。
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<タビルダラの風景> <ラシュトの風景>
そこで養蜂である。養蜂は『空間農業』とも言われ、広い土地を必要とせず、巣箱を置くスペースと花が咲く環境さえあれば出来る。耕す土地は少ないが、自然に囲まれて多くの花が咲く山岳地帯に適した農業ではないだろうか。
巣箱の状況確認は両団体(両郡)とも巣箱の補修作業中であった事は予想外だった。巣箱を製作した工房の仕事の精密さに問題があったようで、巣箱を形作る板と板の間に所々隙間が開いていたのだ。もっとも、タジキスタンではこれが当たり前のようで、どこの工房に頼んでも同じらしい。その隙間を埋める作業をしていたのである。この作業には10日間ほどかかる見込みとの事だった。早速小さなハプニングに遭遇してしまったが、焦る気持ちを抑え、ここのペースで物事を進めていかなければ。
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<整然と並ぶ巣箱。が、順次補修中 -_-;>
とにかく、両団体とも巣箱各100箱に蜂群が入ったことを確認でき、実際に蜂の管理をする養蜂家とも会うことが出来たので一安心だ。あとは巣箱の補修作業を終える事と、残りの養蜂機材等を日本からの資金を待って、購入・供与すれば本格的な養蜂がスタートできる。
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<女王蜂を確認中> <養蜂家、支援先と>
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posted by Tatsuo at 21:03| モスクワ

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